「経営者と失業保険」

 世の中には、特別な存在といわれるものがいくつもある。中小企業の経営者も、そのひとつであろう。一等重役にもなれば、ときには走り使いもするという生活は、まさに特殊な存在といってよい。腕一本で、ここまでたたきあげ、築きあげてきた正真正銘の経営者なのだから、トコロテンのように押出されて経営者になった大会社の三等重役とはまったく異質で、そのうえ、いそがしいことでも一等である。一人で、いくつもの役を消化していくというのは、まことにおどろくほかない。

 あるときは、疲労その極に達して、もう勝手にしろといいたくなることもあるが、すぐそのあとで、会社はおれ一人のものではないし、会社によって生活する人たちが幾人もいると考え、そして疲れ切った頭で、再思三省するのである。毎日が薄氷をふむ思いもするし、新聞につたえられる倒産記事に目をやると、とても他人ごととは思えなくなってくる。親会社や取引先が倒産して、そのために自分もまた窮地に追込まれるといういわゆる連鎖倒産の場合、一体だれが救いの手をさしのべてくれるというのであろうか。経営が不安定であればあるほど、ゾッとするような不安感が、いつも周囲をとりまいている。


 労働者には失業保険があり、農業の災害にも保険制度があるというのに、中小企業の経営者は丸腰にひとしい。
 中小企業の経営者が“特殊な存在”なのをはっきりと認めたうえで、その保障制度が一日も早く実現する日を待望するのである。
 その後、何年かたって、小規模企業共済制度が生まれたのは、私の言い分が、とにかくみのったものとして感慨深い。これで十分だと思わないが……


(失業保険は、現在では雇用保険です。)

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