横目でみたアメリカ
「日米人事管理くらべ」

 ハリウッドの女優の浮き沈みが、たいへんに激しいことは、世に知られている。アメリカでは、映画女優の人気の消長ほどきびしいものはなく、きのうのスターが、きょうは古シャツのように捨て去られることも、めずらしくないようである。そこには冷酷なまでの生存競争、非情そのままの淘汰が行われている。この例が示すように、どこの職場でも、そのなかでの能力競争は、まったく火の出るほどの激しさ、きびしさで、アメリカでの人事管理の実情を、はっきりとうかがい知ることができる。
 どの産業でも、それぞれの能力、能率は「従業員勤務成績評定制度」によって、明らかに示される。すべてが数字的に計算され、情け容赦なく評価されるのである。もし、能率が低下したとの評価が下されれば、十年勤続の社員も、入社ホヤホヤの若い社員の下で働くようになる。職場を転換しても、評価が低く、いよいよダメと決まれば、すぐに解雇され、しかも、だれもがそれに不思議を感じない。日本で見られるような、年齢、扶養家族、勤続年数、その人の性格といった条件は、いっさい考慮されず、すべて能率本位。とにかく割り切った考え方には、 言葉を差し挟む余地がなかった。
 まさに歯切れの良い人事管理の方式であり、そのために各職場、各工場の能率は、いつも高水準を保ち、産業全体の生産性も、日に日に、向上していく。そこで、だれもが考えることは、この方式を、そっくり日本に移し換えたら、一体どうなるだろうかということである。

 日本の人事管理も、確かに近代化してはきたが、もう一歩突っ込んでみると、義理や人情、人と人とのつながりが根強く残っている。アメリカ的な能率が低下してきたことを理由に、簡単に解雇するわけにはいかないであろう。仮に、そういう果断な人事を決行したとしよう。おそらく社内には、その非情をなじる声がみなぎり、円満決着とはいくまい。このような現象は、なにも職場だけに限ったことではない。なにも運動しなくても、衆議院議員に当選し続けてきた尾崎咢堂翁が、はじめて落選の憂き目にあうと、なんという人情のない仕打ちだろうと、同情や批判の論議が起こったのは、これも、ひとつの日本人的感覚である。アメリカだったら、老衰した政治家を、ただ経験だけで国会に送り出すようなことはしないであろう。不合理だと割り切っているからである。
 日本人の、ものの考え方は、義理、人情に厚く、そのことを頭から無視するわけにはいかないにしても、あまりにも縛られがちである。だから、美点よりも、欠点が目立ち、封建的で、非合理といわれるのではなかろうか。しかも、このような考え方は、日本の社会体制の中に深く根ざしている。今すぐに、人事管理の方式を揺るがそうとすれば、その影響は社会体制の根幹までおよび、さらに広くひろがっていくに相違ない。
 アメリカでさえ、冷酷といえる人事管理に対しては、労働組合から強い反発があらわれたのだが、その結果、労働組合は人事に対する発言権、先任権、年金制度を獲得し「産業におけるヒューマン・リレーションズ」という基本的な方策、観念が生まれたのである。日本ではヒューマン・リレーションズが生まれるところまでいっていないが、その反面、企業の従業員は人情、道義を踏み外さない限り、まずもって生活を保障されるといってよさそうである。日本的人事管理の良さが、確かに、そこにみられる。
 東洋は米の文化、西洋は肉の文化と評した人があるが、その相違は東西の産業形態、人事管理のうえにもあらわれている。由来、日本人は精神的で事務的ではないし、与えられた仕事をスムーズに成し遂げることを重んずる一方で、その処理に義理、人情の筋を通すことも、また忘れない。だからといって、欠陥をヘタに除こうとすると、角をためて牛を殺す結果になりやすい。これがおそろしい。なぜなら、さきに触れたように、日本の人事管理は文化的伝統、精神的伝統に裏づけられているから……
 日本的な人事管理は、いろいろな意味で、庶民生活の安全弁としての役割を果たしているようである。その可否を論ずるには、義理、人情の本源にまでさかのぼらなければならず、それだけに複雑である。
 ここで、おことわりしておきたいのは、アメリカの経営者のすべてが能率一辺倒で、人情を無視した人事管理を行い、精神的な面を一顧もしないというわけではなく、基本的な考え方を指しているのである。私が指摘したのは、アメリカと日本との、人事管理の基調の相違である。
 もっとも、問題となるのは、日本的な人事管理は表面的には安定しているが、企業の内部では不安定性を抱えており、そのことが、ひいては従業員の不平、不満を引き起こしがちなことである。能力を持つものが、かならずしも、それにふさわしい地位を与えられずに、持てる能力を腐らせることが少なくない。逆にアメリカ的な人事管理は表面的には不安定であるが、企業の内部では安定性を持っているということであろう。
 双方の長所、短所を合わせ考え、国情にかなった人事管理を進めていきたいと思う。それがなかなか難しいのは、私も十分に承知しているが……


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