「経営哲学というもの

 あの人が社長?どうみても、オヤジと呼ぶ方がピッタリする。とにかく、戦後えらくふえたものに、社長と先生があることだけはたしかである。そういう社長さんから経営哲学の話をうかがいたいなどと切り出されると、まことに困惑するのであるが、ざっと、こんなぐあいに、申し上げておきたい。

 あなた自身、二十年も三十年も、そのガンコ頭で会社を経営してきたのだから、それが立派に経営哲学ではないですか。なにもむずかしく考えることはない。このごろの日本人は、どうもむずかしい言葉やいいまわしがお好きとみえて、やれ経営哲学だとか、やれ理念だとかを口にして、社会への奉仕とか、企業の公益性とか、いかにもきれいごとをならべたてるが、私にいわせれば、そんなものはいっさい無用である。ただひたすらに“もうけること”それでよろしい。だれが、なんといおうと、もうからぬことはテコでもやらない、それにまさる経営哲学はございません。

 社長さんよ、あなたのところは、どこまでが会社のもので、どこまでが社長個人のものか、区別がついていないようです。世にいうドンブリ勘定で、これがまた中小企業にはおびただしいほど多い。もっとも、考えようによっては、経営の全責任をにない、なにもかも、これに打ち込んでいるのだから、結構ともいえる。大会社の社長は、会社がうまくいかなければ、さっさと退陣して一巻の終わりになるが、中小企業のオヤジは、そうはいかない。なにもかも担保に入れて、おまけに個人保証までやらされているから、ヘタに夜逃げもできやしない。そこで妙案がある。経営のやりかたを変えてしまうことである。
 社長としての責任と、個人の責任をはっきり区別するのが第一である。会社から金を引き出して、郊外に立派な私宅を建てる。いままでは、なんとなく、家も工場も、会社のものになっていたのだから、新宅の建築費など、ウヤムヤのうちに会社の金で出せるはずである。これが合理的なものの考え方というもので、こんなことができないようでは、経営者の資格がない。こうしておけば、会社がつぶれても家は残る。個人保証さえしなければ、絶対に残る。これがバレて刑事事件になることもあるようだが、よほど間抜けなやりかたをしたに相違ない。うまくやることを、おすすめしておく。社長さんよ、あなたには、それだけの才覚がそなわっていると思う。

 「智に働けば角がたつ。情にサオさせば流される。意地をとおせば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」と。社長たるもの、よろしく、この智、情、意に心すべきである。すべてこれ、ビジネスライクということでは、社内に血がかよわない。といって、義理、人情にからんでいると、肝心の経営がうまくいかない。強引に引っぱろうとすれば、引っぱる方も引っぱられる方も、窮屈でたまらなくなる。そのへんの呼吸が大切なのである。
 そんな理屈は、頭のなかでわかっていても、なかなか実行できるものではない。そこで、ズバリと割り切ってしまうことである。
 社長さんよ、あなたがいくらサービスにつとめても、労働組合との団体交渉ともなれば、切り口上でやっつけられるし、そのたびに明治製のガンコ頭で怒ってみたところで、どうしようもない。「買った労働」なのだから、毎日時間いっぱい働かせ、休み時間のほかはタバコを吸わせてもいけない。残業だからといって夜食をサービスするなどは、もってのほかである。もし、メシを出せといったら、メシ代は残業手当からぴしゃり差し引くこと。これくらいの信念がなければ、経営者としてつとまるはずがない。

 中小企業の経営者にはドンブリ勘定が多いといわれるが、その日その日を、なんの計画もなくすごしているのが気安いと考えるからであろう。数字や規則は、みるだけで頭が痛くなり、ただただもうけることに専念する。たいへん結構だが、それならばそれなりのことをやっていただきたい。むずかしいことではない。実行せよ、実行したら結果をみよ、ただ、それだけである。
 計画にしたがって実行しても、その結果がプラスになったか、マイナスになったか、見届けないヤツは、昇級などとんでもない話である。そんな男は、遊んですごしていることと、少しも変わりがない。余分に月給がほしかったら、もうかる計画をたて、それを実行して、これはもうかりましたと、はっきり結果がわかってからにせよ。そうするのが経営者らしい立派な態度である。あの男はだれだれのヒキだからとか考えるのは、バカバカしいかぎりである。係長で成績をあげて課長にしてやっても、課長で成績があがらなかったら、即座に係長に逆もどりさせるのが人事のルールと心得られたい。
 いろいろと申し述べたが、私の意見に異議がありますか?おそらく、まことにごもっともと受け取っていらっしゃることであろう。
 だから私のいうとおりに、おやりなさい。

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